『アニマ・アニムス』(ANIMA・ANIMUS)は、山下久美子の7thスタジオ・アルバムで、1984年5月21日に日本コロムビアから発売された。
概要
前作から約9か月ぶりのスタジオ・アルバム。
制作
山下のディレクターだった福岡智彦は、当時、サンプリングやミュージックシーケンサーを使用したコンピュータプログラミングなどの技術が急速に進化し、音楽の創り方が大きく変化していくのを感じたうえで、どこか気負いもしていたという。また、山下も「『赤道小町ドキッ』路線でずっといくのは難しい」と感じていたといい、「その路線を維持していくには、ずっと細野晴臣さんにお願いしないと難しいなと。なかなか『赤道小町ドキッ』は超えられないんですよ。それでちょっと反骨精神がでちゃって」と語っている。
そこで、レコーディングエンジニアに飯泉俊之、アレンジャーにベーシストの後藤次利をそれぞれ起用し、アルバム制作を始めた。福岡はアレンジャーの後藤に「思い切りやってください」と伝えた結果「ほんとに思い切り振り切った、まるで実験のようなレコーディングが始まった」と語っている。
このアルバムを売り出す際、当時としてはかなり前衛的なサウンドだったためか、日本コロムビアの宣伝担当(当時)だった渡部洋二郎から「おまえ、こんな売りにくい音作ってどうするつもりだ。この野郎!」と言われたという。実際に、初めてこのアルバムを聴いたファンは「あまり聞いたことのない音楽」「リズムも複雑で、ライブでもどうやってノッていいのかわからない」など困惑し、山下曰く「それまで振り向かなかった人が振り向くとかね。逆にそれまでずっと見てくれていた人が離れるとか。そういう色んな面白い現象がありました」とのちにMusicVoiceのインタビューで語るなど賛否両論が巻き起こり、山下も「申し訳ないなと思いながら、やってましたけどね」と語っている。のちに、福岡は「今聴いてもなかなかカッコいいと思います。今聴いたほうがカッコいい、と言うほうがいいのかもしれません」と評価し、山下も「20年くらい早かったアルバム」と語っている。
アルバムジャケット
当時、日本コロムビアの宣伝担当だった渡部洋二郎が「こうなったらオレが企画を作るしかないだろう」と立ち上がり、小説家で放送作家の景山民夫に演出を依頼し、ミクロネシア連邦のポンペイ島でプロモーションビデオの撮影と同時に、アルバムのジャケットの撮影も行った。プロモーションビデオは、1984年6月21日に『黄金伝説』というタイトルで発売された。
収録曲
SIDE A
SIDE B
楽曲解説
SIDE A
- アニマ・アニムス
- そばにいたいよ
- SEEK
- DOWNTOWN SUNDOWN
- シングル「モーニング・ベルならしてよ」のB面曲。
- NEW YEAR'S EVE
- このアルバムのリリース後、ディレクターの福岡智彦が、ユーリズミックスのアルバム『タッチ』を聴いていたときに、収録曲である「ライト・バイ・ユア・サイド」と酷似していることに気づいたという。福岡は、このことに対し「ほとんどそのまんまですから、アレンジャーとしてどうかとも思いますが、それを許してしまった私がダメでしょう」とした上で、「とてもいい仕事をしてくれたと思っていますし、自分にとってとても刺激的なレコーディングでした。だからこそ、このことが悔しいし、今になっても、忘れようとして忘れられない古傷なのです」と語っている。
SIDE B
- モーニング・ベルならしてよ
- 先行シングル。
- GIMME LOVE
- 誰かがわたしを呼んでいる
- 5・6・7・8 DANCE!
- HELLO! ストレンジャー
参加ミュージシャン
- Bass:後藤次利
- Drums:青山純, 山木秀夫
- Keyboards:富樫春生
- E.Guitar:北島健二, 横内健亨
- Percussion:PECKER, 斉藤ノブ, 浜口茂外也
- Computer:松武秀樹(M.A.C.)
- Sax:矢口博康
- Trombone:向井滋春
- Trumpet:中沢健二
- A.Guitar:相沢行夫 (NOBODY), 木原敏雄 (NOBODY), GONZALES MIKAMI
- Emulator:神山暁雄
- Chorus:PONAPE CULTURE CENTER
関連項目
- 1984年の音楽
脚注
注釈
出典
外部リンク
- 日本コロムビアによる紹介ページ
- ANIMA・ANIMUS




